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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13321号 判決

原告 須山武

右訴訟代理人弁護士 田邊雅延

同 佐藤道雄

被告 株式会社イソノ運動具店

右代表者代表取締役職務代行者 田中信人

被告補助参加人 磯野光伸

右訴訟代理人弁護士 山口博久

同 小西輝子

主文

一、原告の被告に対する昭和六二年七月二二日付けでされた代表取締役須山武の解任の登記及び取締役磯野光伸の代表取締役就任の登記につきそれぞれの抹消の申請手続を求める訴えを却下する。

二、被告の昭和六二年三月二三日付けの取締役会における代表取締役須山武を解任する旨の決議及び取締役磯野光伸を代表取締役に選任する旨の決議がそれぞれ無効であることを確認する。

三、訴訟費用中、原告と被告との間に生じたものは、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とし、原告と被告補助参加人との間に生じたものは、全部被告補助参加人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文第二項と同旨

2. 被告は、原告に対して、昭和六二年七月二二日付けでされた代表取締役須山武の解任の登記及び取締役磯野光伸の代表取締役就任の登記についてそれぞれの抹消の申請手続をせよ。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁(被告及び被告補助参加人)

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、被告の取締役であり、かつ、代表取締役である。

2. 被告は、昭和六二年三月二三日取締役会を開催して原告を代表取締役から解任する旨の決議及び被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)を新たに被告の代表取締役に選任する旨の決議をしたとして、昭和六二年七月二二日その旨の登記申請をし、被告の商業登記簿の役員欄には、原告が同年三月二三日代表取締役を解任された旨の変更登記及び補助参加人が同日代表取締役に就任した旨の変更登記がされている。

3. しかし、被告においては、昭和六二年三月二三日に取締役会を開催したことはなく、請求の趣旨第一項記載の決議は存在せず、かかる決議は無効である。

4. 原告は、被告の代表取締役として登記されている補助参加人に対して前記変更登記の抹消を求めたが、補助参加人はこれに応じない。

よって、原告は、被告に対して、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 被告の認否

(一)  請求原因1の事実の内、原告が被告の取締役であることは認め、その余の事実は不知。

(二)  同2の事実は認める。

(三)  同3の事実は不知。

2. 補助参加人の認否

(一)  請求原因1の事実の内、原告が被告の取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同2の事実は認める。

(三)  同3の事実は争う。

三、補助参加人の抗弁

1. 被告は、昭和六二年三月二三日、当時の取締役であった須山峻、原告、補助参加人、小池國蔵の内、原告、補助参加人及び小池國蔵の三名が出席して取締役会を開催し、共同代表制を採用する趣旨で従来から代表取締役であった原告のほか、新たに補助参加人磯野光伸を代表取締役に選任する旨の決議をしたのである。

2. その後、被告の大株主である須山峻及び須山よし子らの意向を受けて、取締役須山峻及び補助参加人は、同年六月一四日、須山峻の入院先の病院で取締役会を開催し、代表取締役であった須山武を代表取締役から解任し、改めて補助参加人を代表取締役に選任した。右の解任決議においては、原告は議決権を有しないから、右取締役会の定足数は二名となり、右解任決議は有効である。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、まず、原告の被告に対する登記の抹消の申請手続を求める訴え(請求の趣旨第二項)の適否について判断するに、株式会社の代表取締役が、株式会社に対して、自らを解任する旨の取締役会決議及び他の取締役を代表取締役に選任する旨の取締役会決議の無効の確認を求める訴えと共に、右解任の登記及び右選任の登記の各抹消を求める訴えを提起した場合においては、そもそも右無効確認の請求が認容されたときは、原告は被告の代表者として自ら前記抹消の申請手続をすることができるのであるから(仮に右確認の請求が棄却されるときは、このような抹消の申請手続請求が認められないことは明らかである。)、右登記の抹消申請手続を求める訴えについては、訴えの利益を欠くものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年九月四日判決民集第四〇巻第六号一〇一三頁参照)。そして、後述のとおり、原告の前記無効確認の請求は認容されるべきであるから、前述の観点により、原告の請求の趣旨第二項の請求に係る訴えは、その利益を欠くに至ったものというべきであり、実体法上かかる抹消申請請求権が認められるか否かについて判断するまでもなく、却下を免れない。

二、請求原因1の事実の内、原告が被告の取締役であることは、当事者間に争いがない。

三、同2の事実は、当事者間に争いがない。

四、そこで、補助参加人の抗弁1について判断するに、本件全証拠によるも、右抗弁事実を認めることはできないというべきである。

すなわち、補助参加人は、被告の創業者の一人であり原告の父親である取締役須山峻は原告による被告経営の在り方を批判し、補助参加人が原告と共に被告の代表取締役に就任することを事前に承諾していたところ、被告の昭和六二年三月二三日の経営関係者の懇談会において、被告の取締役である原告、補助参加人及び小池國蔵の話合いにより補助参加人を新たに代表取締役に選任する旨の合意が成立し、かつ、右各取締役は右懇談会に於ける合意を取締役会の決議とすることにつき同意した旨供述し、併せて同旨の丙第一号証を提出するが、証人小池國蔵及び同磯野光伸の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、右懇談会は被告の決算の報告を兼ねた経営関係者の年度末の懇親の宴席であって、取締役会としての招集手続が執られていないこと、補助参加人が右懇談会の翌日に登記手続のために議事録を調製しようとしたところ、原告及び小池國蔵らは右懇談会の話合いの内容を取締役会の決議とすることについて反対したことを認めることができるのであり、これらの事情によれば、原告及び右小池國蔵において取締役会決議と評価し得る確たる意思の一致があったと認めることは難しく、結局、右懇談会の話合いの結果をもって取締役会の決議と認めることはできないというべきである。したがって、抗弁1は理由がない。

以上によれば、被告の昭和六二年三月二三日の取締役会における磯野光伸を代表取締役に選任する旨の決議を有効と認めることはできず、また、右取締役会において原告を解任する旨の決議がされたことについての主張立証はない。

五、次に抗弁2について判断する。

原告の請求の趣旨第一項は、被告の昭和六二年三月二三日の取締役会の決議の無効の確認を求めるものであるところ、その主要な狙いの一つは、昭和六二年七月二二日付けでされた原告の解任の登記及び補助参加人の代表取締役選任の登記の各抹消のための原因を確定しようとするところにあると推認することができるが、右請求に係る訴え自体は、民事訴訟法上の確認の訴えに属するものであることは明らかである。ところが、抗弁2は、昭和六二年六月一四日の取締役会の決議の存在及びその有効性について主張するものであるから、右取締役会が昭和六二年三月二三日の取締役会の継続会であったなど右取締役会と一体を成すものであるとの事情についての主張立証を伴わない限り、原告の請求の趣旨第一項の請求に係る請求原因に対する抗弁としては失当であるというべきところ、補助参加人においては、右の主張立証をしない上、本件全証拠によるも、右のような事情を認めることができない。

したがって、抗弁2は理由がないことに帰する(なお、前顕各証拠によれば、被告の取締役である補助参加人と須山峻とは昭和六二年六月一四日右須山峻の入院先の病院において抗弁2記載の決議の内容となる事項について合意したことを認めることができるが、本件全証拠を総合するも、右の合意をもって有効な取締役会の決議と認めることはできない。すなわち、証人小池國蔵及び同磯野光伸の各証言に前顕丙第一号証を総合すると、補助参加人は原告らが補助参加人を被告の代表取締役に選任することにつき最終的な同意を与えないため、原告を代表取締役から解任しようと決意し、原告に対しては何ら招集通知をすることなく、須山峻の同意のもとに同人の入院先の病院で取締役会を開催し、補助参加人と須山峻の二名の参加の下で原告を代表取締役から解任する旨の決議及び補助参加人を代表取締役に選任する旨の決議をしたものと認められる。ところで、商法上取締役会の招集は各取締役においてすることができるのであるが(商法二五九条一項本文参照)、右認定事実に証人小池國蔵の証言を総合すると、原告が右決議の趣旨に反対することについて明らかに予測し得た補助参加人は、小池國蔵も反対の意向を有していることを知ったため、右二名を除外する意思をもって前記の病院で取締役会決議を行ったものと認めることができるのであり、右の事実によれば、右取締役会の招集手続には重大な瑕疵があるものというべきであって、右決議を有効と認めることはできない。

なお、原告を代表取締役から解任する旨の決議については、原告は、商法二六〇条ノ二第二項の「特別の利害関係を有する取締役」に該当すると解され、同条三項の規定により定足数算定及び決議成立要件数の算定において取締役の数から除外されるが、そのことは、原告に対する招集手続を不要ならしめるものではないと解すべきである。補助参加人は、この点について、昭和六二年六月一四日の会議の数日前に取締役小池國蔵に対して電話によって意見を聞いた旨供述し、同旨の丙第一号証を提出するが、右証拠によっても、補助参加人が小池國蔵に対して正式の招集通知をしたものと認めることはできず、他に小池國蔵に右招集通知がされたことを認めるに足りる証拠はない。

また、一部の取締役に対する招集通知を欠いた取締役会の決議であっても、仮にその取締役が出席したとしても決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特別の事情があるときは、その決議を無効と解すべきではないというべきであるが(最高裁判所昭和四四年一二月二日判決民集二三巻一二号二三九六頁参照)、前記認定の事実関係、とりわけ原告と須山峻との身分関係等に鑑みれば、原告及び小池國蔵が取締役会に出席した場合においては、原告についての解任の決議がされなかった蓋然性も低くないと考えることができるから、右の特別の事情は容易に認め難く、前記法理によっても、昭和六二年六月一四日の取締役会決議を有効と解することはできない。)。

六、よって、原告の本件請求の内、被告の昭和六二年三月二三日付けの原告を解任する旨の決議及び磯野光伸を代表取締役に選任する旨の決議がいずれも無効であることの確認を求める部分は理由があるから認容し、昭和六二年七月二二日付けでされた原告の代表取締役解任の登記及び補助参加人の代表取締役選任の登記の各抹消申請手続を求める訴えは不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 慶田康男)

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